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2011-8-23 [思う・想う]

また、この日がやってきた。

去年までと、少し想いが違うのは、多分、
直接ではないけれど、3.11を経験してしまったから。

あの日、空港に上司を送っていく準備をしていた所に激しい揺れが襲った。
一度は車を出したものの、まもなく襲った余震で引き返し、
職場で情報収集することに。

地元からは、停電して暖房が切れたとの連絡があった。
上司より一便前の飛行機で地元入りしていた相方からも、停電のことと
情報収集と連絡のために、予定を変更して県庁に行くけれど、
新宿にいるはずの母と連絡が取れなくなったとメールが来た。

仕事をしている横で、つけていたテレビから、
津波が全てを飲み込んでいく映像が流れて来た。
家も、車も、街も・・・何もかもが呑まれていく様子を、
東京で、ただ呆然と眺めているしか出来なかった。

その時に、思ったことはただ一つ。
『今この瞬間に、大切な人とつないだ手を奪われた人たちが大勢いる』
ということ。私のように、代わりの利かない、かけがえのない人を失ってしまった人が、沢山。

ここにいて私が泣いても、何の助けにもならないのに、
そう思ってしまった瞬間に涙があふれて止まらなかった。

あれから、五ヶ月。
東京にいると何事もなかったかのように日々は過ぎる。

その間に、被災地を実際に訪れて、復旧の状況を、
何が出来ていて、何が出来ていないのか、
何が足りなくて、何が余計なのかを目の当りにして来たり、
自分にできることと出来ないことの間で右往左往している。

あの寒かった日、大切な人を亡くされた人にも夏が来た。
かけがえのない人と過ごした日々を、この歌にのせて・・・

 

想いは人それぞれだから、私の経験を押し付けることはしたくないけれど、

どんなに泣いても、彼のいない朝は毎日来る。
それは、残された現実を、自分の人生を
生きていかなければならないということ。

不安で、心細くて、哀しくて、苦しくて、厳しくて・・・
それでも、毎日 朝は来て、目の前の現実は待っていてはくれない。
後ろだけ見ていたら、前に進めない。
それは、25年前のあの日、彼を失ったときから今日まで、
一日も変わらない真実。

すぐに、切り替えられる人、無理に切り替えなければならなかった人、
なかなかそうは出来ない人・・・。人それぞれ。
出来ないからって、自分を責める必要なんてない。
だから、「頑張れ」とは言わない。無理に忘れることなんてない。

彼と離れている間にお別れしてしまった私だって、未だ忘れられない。
何度か、彼の後を追いかけようともした。
思い止まれたのは、それをしても彼は喜ばないと思ったから。
私が死ぬことは、彼を記憶している人がこの世から一人、
いなくなることだと思ったから。

人は亡くなっても、誰かの胸の中で行き続けられる。
その人のことを胸に刻んだすべての人が亡くなってしまう時が、
その人に本当の死が訪れる時だと、私は思っている。

これだけは忘れないで。
あなたが一生懸命に生きていることを、あなたの大切な人は
ちゃんと見守っているから。
あなたの大切な人は、あなたの胸の中に生きているから。

何も出来ない私だけれど、かけがえのない存在を喪失した者のひとりして、
これだけは、言えるよ。

大切な人のためにも、あなたは生きて。

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